九月十七日、シャボン玉石けん会長 森田光徳が七十六歳で逝去致しました。友の会のお客様からも、多数のお悔やみのお便り、お声を頂きありがとうございました。無添加石けん普及のために、自ら広告塔となり、全国各地に赴き、講演をさせて頂き、多くの方にお世話になりました。故人に代わりまして、厚く御礼申し上げます。
シャボン玉石けんと森田光徳
一九五四年、大学卒業と同時に家業の石けん問屋㈱森田商店(現 シャボン玉石けん㈱)に入社。一九六四年に社長就任。「洗濯といえば石けん」という習慣が続いていた日本でも、高度成長とともに洗濯機が急速に普及しそれに伴い、いち早く合成洗剤を主力商品とする。一九七一年、当時の国鉄門司鉄道管理局から「合成洗剤で機関車を洗うと、さびが早く出る。無添加の粉石けんならさびないらしいので作って欲しい」との依頼を受け、その試作品を持ち帰り使用すると、わずか四、五日で長年悩んできた湿疹が治まった。自社のドル箱の合成洗剤を再び使用すると、あっという間に湿疹が出たことで、「自分も怖くて使えないものを売るわけにはいかない」として合成洗剤から完全撤退。無添加石けん専業に方針転換。一九七五年、合成洗剤の危険性を告発した有吉佐和子さんの小説「複合汚染」が新聞に連載され、火付け役となり注文が殺到した。しかし、新聞連載が終了すると、売り上げも低迷、その後十七年間赤字続きで従業員もわずか五人になる。一九八七年、現本社地に新工場完成。同時に主力商品の粉石けん「シャボン玉スノール」が誕生。一九九一年、「自然流『せっけん』読本」を出版。それを機に「シャボン玉友の会」設立。十七年間の赤字を乗り越え初めて黒字決算になる。
その後、EM石けんや、液体石けんを発売。また少ない水で消火できる「天然系消火剤」を産学官共同で開発した。
二〇〇七年、シャボン玉グループの代表取締役を退任し、会長に就任。 二〇〇七年九月十七日永眠。
会長森田の座右の銘「好信楽」とは、『何事も一つのことを最後まで成し遂げるには、好きになって信念を貫き、しかも自分が楽しみながらでなければ長続きしない。』という意味をもっています。社員一同、故人を支え続けたこの言葉を心の支えとして、会社の基本姿勢は変えることなく受け継いでいきたいと思います。
代表取締役社長 森田 隼人
会長との年齢差を考えると、いつかはこのようになるというのは、分かっていたのですが、ただ、もう少し一緒に仕事がしたかった、という想いが込み上げてきます。「健康な体ときれいな水を守る」という理念を曲げず、立ち向かっていった姿勢。会長から学んだ事を活かし、今後もシャボン玉の輪を広げて行けるように精進したいと思います。
専務取締役 高橋 道夫
教育者、森信三先生の言葉に「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」とあります。故 会長森田光徳との出会いはまさに、その通りかもしれません。あれから三十年、私は会長を人生の師と仰ぎ、共に仕事(石けん運動)をさせていただきました。これからも故人の遺志を継ぎ、がんばってまいります。
―「友の会だより」No.110号より抜粋―